Surface Pro 4 を買いました
こんにちは、イトーです。
原稿執筆前の手慣らしです。
▼Surface Pro 4 を買いました
なぜか?
以前まで使っていたSurface Pro 3 が壊れたからです。
突然の死でした。いつものようにブラウジングしていたら、急に暗転する画面。静まるファン。冷える臓腑。
その瞬間の、私の内心を想像していただきたい。
「おーい、どうした……?」と様子を伺った直後に事態の深刻さを察して、電源ボタンを乱打する私。
「逝くなー! 帰ってこーーーーい!!!!」
Surface。私のSurface Pro 3。ウソだ、どうしてこんなことに。
今までともに過ごしてきた2年間の思い出が嵐のように脳裏を過ぎ去っていきます。
初回起動時の「こんにちは」の画面。初めて買ったときはまだWindows 8.1だったね。
Microsoft Wordが処理落ちしないことに驚いたっけ。
嵐の中、君を運んで落としてしまったときに画面を割ったことは今でも夢に見る。君が新品同様で返ってきたとき誓ったんだ。今度こそ大事にするって。
ああ、それなのに! どうして!
畳にSurfaceを敷いて電源ボタンを何度も押す私は、さながら砂浜に倒れる恋人を心臓マッサージするかのようでした。(傍で見ていた同居人談)
その後のことはあまり覚えてないんですが、同居人(男です)が語るにはしきりに「何もしてないのに! 何もしてないのに!!」と叫びながらジタバタしていたそうです。あとなぜか冷蔵庫からSurface Pro 3 が出てきました。よく冷えてました。熱暴走へのカウンター的な……?
そんなこんなでSurface Pro 4、占めて13万円也。
全く予想だにしなかった出費にもうほんとグンニャリです。スペックも大して差がないし、変わったところといえば排熱効率くらいじゃないでしょうか。
しかしこのままだと、私はただ不注意から新たに10万円をドブに捨てた悲しい道化みたいなので、後付けでもどうにか「Surface Pro 4 を買ってよかった!!!!」と思えるような理由を挙げていきたいと思います。
私はまだ負けていない。
▼Surface Pro 4 のここがいい!
初めに断っておくと、Pro 4 ならではの良いところはあんまり思いつきませんでした。そもそも発売してからもう1年経つし、今更差分点の記事を挙げても需要がない。
ただ「Windows Hello」と名の付いた顔認証ログインシステムには非常に感動しました。
何といっても、電源を点けた後はフリーハンドでデスクトップまで行けるのが気持ちいい。顔認証自体もすごくスムーズで、顔位置の調整も必要なくログインしてくれる精度です。『ラブプラス+』を数年ぶりに立ち上げたら顔認証の際に『あっ、イトー!……のお父さんですか?』とのたまった凛子とは比較になりません。顔が似ている人間を近親者として判別するそうです。私は傷ついたよね。
あとは先述した通り、排熱効率が段違いによくなりました。
Surface Pro 3 はとにかくCPU付近に熱が集まりやすくて、うっかり動画エンコードでもすれば目玉焼きが焼けそうな温度になりました。しかもファンがうるさい。
それに比べるとSurface Pro 4 は今のところ熱はほとんど溜まらず、ファンもそよ風程度です。店員さん曰く「ファンのパイプは縦横無尽に内部を走っているおかげで、効率よく冷ませるようになったんです!」とのこと。つまりサメにおける奇網みたいなものですね。
これは本当にありがたいことで、映画に例えるならSurface Pro 3 のファンは『マッドマックス 怒りのデスロード』なんですけど、Surface Pro 4 は『いつかティファニーで朝食を』くらいの優雅さ。
Surface Pro 3 はよく熱暴走で落ちてましたけど、Pro 4 はこのことで結果的にPro 3 より長い寿命を獲得したんじゃないでしょうか。つまりPro 4 に買い替えて正解。大勝利。
▼おわりに
Surface には購入してから45日までしか入れない保険(1万円)があるんですが、忘れないうちに入っておこうと思います。
Pro 3 の時は1万円を惜しんで5万円の修理費を払うことになったので、今度こそ。まあ結局そのあとまた壊れたんですけど。
流しソーメンBARのお話です
こんにちは、イトーです。
先日、池袋の「流しソーメンBAR」に行ってきました。
読んで字のごとく流しソーメンが食べられるバーです。涼しげ。
店内には竹製のレールが縦横無尽に引かれていまして、その中を水流とソーメンが流れるという作りです。
お値段は1時間で1500円制。
めんつゆの入ったお椀片手に店内をうろつきながら、好きな時に好きなところからソーメンをつまんで食するというシステムが楽しげです。ところどころにある小椀にある薬味も自由に使っていいそうです。
店内を見渡すと、茶屋のような長椅子がいくつか置かれているのに気づきました。ここで脚を休ませていってほしいという店主の気遣いでしょう。
椅子や、点々と配置された小卓は木製で、裸木ながらしっかりした造りだと思ったら、同行した友人(ルームシェア中の男です。元陸上自衛隊員)いわく、ヒノキ製とのことでした。……この男はときどき妙な造詣を発揮します。
和風で統一された域な店内を見渡しながらソーメンをすすっていたら、友人がぼそりとこんなことを呟きました。
「この流しソーメンの水は、店内を循環してるってことなのかね」
「……まあ、そうなんじゃない。常に新しい水を出し続けてたら水道代すごそうだし」
ちなみに水とソーメンのスタート地点は複数設置されていて、もし誰かが排出されるソーメンを上流で全て独占したとしても、別の源流から本流へと適宜ソーメンが合流し、分け隔てなく行き渡る仕組みになっています。
友人は流れゆくソーメンを眠そうな目で眺めながら、
「店内には俺たちを含めて8人の客がいるじゃん。で、みんなそれぞれ同じ箸をずっと使い続けているわけだけど」
やめなよ。
ちょうど箸で掴んだソーメンを戻すわけにもいかず、私は複雑な胸中でお椀に麺を入れました。
すこし薄くなっためんつゆに浸ったソーメンを眺めながら、それを口に運ぶべきか迷っていると、不意にスピーカーからししおどしの音が響きました。次いで若い男のアナウンス。
『ご来店中のお客様にお知らせします。水の定期入れ換えを行ないます。作業は10分ほどで終了いたしますので、ご迷惑をおかけしますがしばしお待ちください。ご協力のほどよろしくお願いいたします。繰り返します……』
「ありゃー」
唸る友人。この男の感情の機微は昔からいまいち掴みづらいのですが、おそらくは感嘆のため息でしょう。
そのまま竹製のレーンを眺めていると、次第に上流からの水(とソーメン)が減っていき、やがて完全に途絶えました。それから更に五分も待つと再び透明な水が流れ始め、元の水量へと戻った後、遅れて充分にほぐれたソーメンが流れてきました。
おあずけを喰らっていた客の面々が箸を掲げ、沸き立ちます。
「水だ! 新鮮な水だ!」
「ソーメンもあるぞ!」
「茗荷! 葱!! 山葵!!!」
あくまで紳士的に竹のレーンへ群がると、皆が皆つるつるとソーメンを食し始めます。濃いめんつゆに浸し、首を持ち上げながら生き生きとソーメンを啜る様はさながら鵜のようです。
私たちもこうしてはいられません。私は友人と目で示し合わせると、穏やかな足取りで流しソーメンへと向かいました。
蛍光灯の明かりを受けてきらきらと輝く清流を、白磁のように艶やかなソーメンが滑らかに流れていきます。
その一筋一筋を掴もうと、漆塗りの箸が次々と伸ばされます。
目の前の涼やかな光景はまるで、真夏の冷たい石清水を泳ぐ岩魚を追うかのようでした。
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というBARをルームシェアの友人に提案したところ、「冬も営業してんのそれ」と訊かれました。
……しゃぶしゃぶとかすりゃいいじゃん。流ししゃぶしゃぶ。
ぼくは大人になったら漫画家になってると思います
こんにちは、イトーです。
この間、子供のころの自分に会いました。
より具体的に言うと、久々に実家に帰ったら小学校の文集が発掘されたことを、ちょっとポエティックに表現してみました。
書き出しはこうです。「ぼくは、大人になったら漫画家になってると思います」。
なってません。というか絵も描けない。何かすまんな。
読み進めていくうち、次第に当時の記憶がふつふつと泡のように脳の奥から沸き上がりました。やがてそれらが寄り集まって精細さを増していくのが分かります。
使われていなかった灰色の脳細胞が活性化し、2色から16色へ、256色から更に色味を取り戻していくかのよう。
気付けば、まるで目の前に小学生の頃の私がいるかのような臨場感で、私はその文集を読み進めていました。
心の中のイトー少年の第一声はこうでした。少年らしく張りが合って甲高い、弾むような声でした。
「いまのぼくはどんな漫画を描いてるの?」
描いてません。そもそも漫画家になっていません。すまんな。
イトー少年は私の返答にたいそうショックを受けているようでしたが、私の方が傷ついています。オトナの古傷をわざわざ言葉でなぞり直すことに何か意味があるのか?
しかし少年期の私、よく見ると意外と美少年です。この頃から長めの髪は漆を塗ったように艶やかで、前髪に隠れた目は利発そうな輝きを秘めています。
相手が私でなければ「きっと将来は大成するだろう」と小さな頭を撫でてあげたところです。実際はまだ大成していないので。
「どうして漫画家になれなかったの?」
ストレートに訊いてくる子供です。その質問が10年後に返ってくると理解しているのでしょうか。私はぶっきらぼうに返答します。
「そりゃあ、今のお前が絵を練習してないからだよ。俺のせいだけにしないでよ」
「ええ……でも、なんかそういうのは、こう、いつの間にかうまくなってるものだと思ってた」
すごくわかる。同時に、私が漫画家になれなかった理由も。
「じゃあ結婚はした?」
「したい」
「大人って20才くらいになったら皆 結婚するものじゃないの?」
「俺もそう思ってたんだけどなあ……」
「そんなぁ……」
イトー少年が意気消沈すると同時に不思議な瞬間が私を襲いました。
不意に前触れなく、ドクン、と心臓が大きく跳ねたのです。
それから間もなくすうっと、反動のように身体が軽くなる感覚。
いえ、それとも現実感が希薄になるといったほうが近いかもしれません。
「そういえば、今は何のお仕事をしてるの?」
身体の変調に戸惑いつつも「会社員」と答えかけた瞬間、私は恐ろしいことに気づきました。
僅かではありますが、私の身体が透けてきているのです。
同時に私は理解します。
そう、夢に満ち溢れたこの頃の私が、今の私のような現実を受け止めきれるはずは到底ありません。結果として「未来」の私の存在可能性が薄れてしまっているのです。
最悪の場合、若さゆえに勢いでイトー少年が命を絶ってしまうかもしれません。
しばし悩んだ後、私は「そうだ!」と腿を手で叩きます。
「将来の君は、ゲームクリエイターになっているよ!」
それは私が少年の自分に誇れる、数少ない誇りの一つです。淀み始めていたイトー少年の瞳に、再び輝きが灯るのが分かりました。
「すごいすごい! ゲームクリエイターってどんなことをするの? キャラの絵を描いたりするの?」
「いや、だから絵は描けないんだって」
「じゃあプログラムをするの?」
「プログラムも打てない」
「……じゃあ何をやってるの?」
「それ以外の全部というか……」プランナーは基本雑用というか。
また私の透明度が上がってきたので、「わー!」と叫んでその場をごまかします。不透明度50くらい。イトー少年が狂人を見る顔つきで身をすくめたのにややショックを受けますが、相手も自分だと思えばそこまで気にはなりません。
「……他に何かないの? 例えば、最近読んだ漫画とか」と少年。
「『寄生獣』読み直してる」
「それ、ぼくが今読んでる漫画……」
名作はいつ読んでもいいものです。イトーレイヤーのアルファ値がまた上昇。私は気を取り直し、
「あ、そうだ。そういえば『寄生獣』は2014年くらいにアニメ化したよ」
「え? アニメなんて観てるの? 大人なのに?」
またイトー少年の未来期待値が下がる音が聞こえました。もはや私を挟んで、10m先の八百屋の看板の文字が読めるほどに存在感が希薄です。金のオーブをこっそり偽物とすり替えてこの場を去ってしまいたい。
後がありません。このままイトー少年に世を儚まれるわけにはいきません。しかし生き汚く、退屈な大人になってしまった私が彼に希望を見出させることが果たして可能なのでしょうか?
少年期の私が何を願い、何を切に祈っていたか?
記憶を10年以上前まで遡り、そして私は気付きました。私が目の前の彼の延長であること。そして、私の骨子たる部分は10年経っても何も変わるところがないことを。
「……ひと月に」ぼそぼそと私はイトー少年に呟きます。「お前、ひと月にいくら小遣いをもらってる?」
「え? ご、500円……」
鼻にツンとくる刺激がありました。その痛みはじわりと目まで染み通り、私は涙を零します。500円。懐かしい単位でした。この時から本とゲームが好きだった少年は、いったい500円で何ができたでしょうか。かけがえのない少年期の数年は、たったそれだけの理由で無為に過ぎていったのです。
「……20万」
「えっ?」
「今の俺の月給だ」
みなし残業込みだがな、とうそぶき、私は踵を返します。元の時代に戻るために。ここにはもう留まる理由がないと示すように。
この時代との縁が薄れていっているのでしょう。遠ざかる過去の気配に紛れて、イトー少年の声が私の背を追いました。それが何という台詞だったかは分かりませんが。
ただ、今こうして私がAmazonでゲームと本を買いあさっているということは、そういうことなのでしょう。未来は守られたのです。希望という輝きによって。
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月給の額はてきとうです。(念のため)
悠久なる秘境の伝説です
こんにちは、イトーです。
弊社だと、有給休暇は取得から2年ほど経過すると消滅します。
期限を迎え蒸発した有休は、その後天へと上り、妖精たちによって集められます。長い時間をかけて集められた有休は少しずつ形を取り戻し、妖精たちの楽園・アーヴルヘイムに辿り着くのです。
常人では見つけることすら叶わぬそこは、まさしく異界の妖精境。しかしひとたびそこに辿り着くことができれば、消化しきれないほどの有休を手に入れ、一生遊び続けることができるのだとか。
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寝る前に適当な文章を書いておこうと適当にタイピングしていたら、予想以上に意味のわからないものになりました。
おやすみなさい。
落ちました。
こんにちは、イトーです。
「イトーくん、飛びたまえ」
社長閣下のお言葉は絶対です。
我ら木っ端ゲームプランナーにとって社長は尊敬すべきクリエイターであり元帥も同然。お断りする選択肢など持ち合わせていようはずもありません。
ああ、しかし。どうして!
ボードゲーム合宿のため訪れたはずの千葉で、私はバンジージャンプの高台に立っているのか!!
特にオチも何もないのですが、なりゆきでバンジージャンプをしてきました。
もう二度と飛ぶことはありませんが貴重といえば貴重な経験だったので当時の心象を本記事に記録しておきます。念押ししますが、ほんとにただの記録です。
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■バンジージャンプにおける感情曲線の変遷
さて。バンジージャンプを実行するまでの経緯は、大まかに以下のステージに分類されます。
① 〈参加決意〉期
② 〈13階段〉期
③ 〈遠望〉期
④ 〈ジャンプ〉
①〈参加決意〉期
その名の通り、バンジージャンプに参加するぞと決める最初期を指します。
他の人はどうか知りませんが、私の場合参加のきっかけとなったのは他の人たちがこぞって参加を申し出たことで、要するに見栄となりゆきです。もうこの時点で清水寺の舞台から飛び降りるくらいの覚悟を消費しています。
②〈13階段〉期
たいそうな名前を付けていますが、要するに自分の順番が来たので、高台へ続く階段を登っているステージです。
階段は鉄骨で組まれていて、あらゆる寒風が素通しです。3つほど登ったあたりで恐る恐る景色を見ると、意外と低いところにある視点にほっと安堵しました。
「何だ、この程度の高さならまだ大丈夫そうじゃないか」
そこから更に4つ登りました。「この高さは人が死ぬ」。そんな恐怖が明確な輪郭を帯びたところから、また3つ登りました。
③〈遠望〉期
登るにつれて冬の冷気が身体に深く染み込み、恐怖で震えているのか、寒さで震えているのかもう判別が付かなくなります。
登頂に着いた私を迎えたのは、遥か地平線まで広がる山々と、萌ゆる緑。青い空が世界を覆い、その中に千々に散らばった雲がまるで清流を泳ぐように流れます。(実際は眼鏡を置いてきたのでよく見えないのですが)
ひとたび下に目を向ければ、ミニチュアのように縮んだ人々が私を仰ぎ見ています。絶景でした。なお絶望的な光景の略称です。
鉄骨で組まれた足場は隙間だらけで、ふとした拍子にその穴に脚が吸い込まれそうな錯覚に何度も陥りました。
ここまで来ると、やたら独り言が多くなっていきます。
「いざ自分の部屋が火事になったときのシミュレーションと思えばいい」
「フンフフーンフンフーン (アニメのテーマソング)」
「トイレ行きたいな、行きたい」
靴底に伝わってくる奈落の気配から意識を逸らし、なるべく遠くの景色を眺めて「山はいいなあ」と思うことに努めていました。
④ 〈ジャンプ〉
前の人の姿が高台から消え、とうとう私の出番が巡ってきます。
「では、つま先を高台の端からはみ出すようにして、そこに立ってください」
「!?」
多分『落ちちゃうじゃん!』みたいなことを考えていたと思います。(これから落ちる)
言われるがまま崖っぷちに立つのですが、この時の絶望感がすごい。眼下の光景のあらゆるものが小さくて遠くて、完全に未経験の異次元です。そして遮るものが何もない。何もない空間にダイレクト。せめて私と一緒に落ちるバランスクッションにすがって仮初の安心感だけでも「そのクッションにはつかまらないでください」鬼か。カウントダウンが始まるんだな、そしたら一歩踏み出さなければいけないんだな、無理です。
しかしカウントダウンはおかまいなしに始まります。
この後におよんでも恐怖より見栄が勝っていて、もはや霞がかってきたアタマで考えることは「前に重心を傾ければ、あとは私がどう思おうと勝手に落ちるだろう」。全身全霊の思考放棄です。
その通りに落ちました。
足が離れます。全身の肌が浮遊感を伝えてきて、瞬く間に虫が這うような嫌悪感へと変わります。
そして巡る思考。加速するというよりむしろ鈍くなり、「どうしてこんなことをしてしまったんだろう」という後悔と「もう戻れない」という恐ればかりが何度も去来します。
そこから先のことはほとんど覚えていません。
ただ「がくん」と強く後ろから引っ張られるような力で再び上空へとバウンドし ⇔ また落ちて、のサイクルが続くのがイヤだったことだけ覚えています。
私はこれを「死と再生のサイクル」と呼んでいるのですが、他の人に訊くと「(トランポリンみたいで)楽しかった」と答えるのだから、こいつはもう正気じゃねえ。
終わって地上で人心地ついた後は、恐怖を紛らわせるためか またやたら口数が多くなって、いかに怖かったかを人に何度も説きました。
スマートフォンにこのときの経験をメモしようとしたら、油が切れた機械のように親指がまるで思い通りに動かなくなっていました。(これは寒さのせいかもしれませんけど)なぜか左手は動いた。
その夜にようやく布団についた後も、当時のビビリが不意にフラッシュバックしていたくらいなので、まあよほど恐ろしかったのだなあと思います。(その後1日で忘れた)
そのくせひどく現実感がなく、いざ自分で思い返そうとしても、まるで夢の中の光景だったかのような頼りない記憶しかよみがえりませんでした。今までの経験とあまりに開きがありすぎて、アタマがうまく再シミュレーションできないのかもしれません。
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世の中にはバンジーを成人の儀式にしている部族もいるそうですね。
こどもでいい。
長時間のマッチング体験を改善するためにできること
こんにちは、イトーです。
3連休いかがお過ごしでしょうか?
人生のクオリティを高められる、有益なお時間をお過ごしでしょうか?
私は今「スプラトゥーン」で絶賛マッチング待機中です。
時間の過ごし方はいろいろありますが、その中でもとりわけ無為な過ごし方が「オンラインゲームでのマッチング待機」だと思います。1分近く待つことくらいは仕方ないにしても、あげくにエラーで解散したり、ゲームが開始しても相手が1秒ごとにワープする未来予知必須環境だったりすると、何かに覚醒しそうになります。
全てのマルチプレイゲームが擁するその問題を解決すべく、弊社では革新的なマッチングシステムを日々研究する開発チーム――「高速通信委員会」が存在します。
そしてその日は、それまで試作を重ねてきた新マッチングシステムの披露会でした。
薄暗い会議室の壁に、プロジェクターの光が煌々と映し出されています。
頬杖をついて画面を眺めているのは、我らが元帥たる社長閣下です。閣下はしばしそのまま革製の椅子に腰を預けていましたが、ややして重々しく口を開きました。
「それで、新しく完成したマッチングシステムというものは実演してもらえるのだろうね」
「はっ。画面にご注目ください」
私が操作すると、壁に映し出されたゲーム画面が切り替わります。横に長いプレイヤースロットが縦にいくつも積み重なり、他プレイヤーを受け入れるべくそれぞれに「募集中...」の文字列が表示されました。
「今、全世界の支部に散った社員とタイミングを合わせてロビーに入っております」
私の説明から数秒遅れて、スロットに数人ほどのプレイヤー名が表示されます。ゲーム開始まではあともう4人。恐らくはメキシコ支部とブラジル支部との通信にてこずっているのでしょう。
「マッチング予測時間がプログレスバーで表示されるのは、あとどれくらい待てばよいか分かりやすくてよい」
社長直々の称賛に、私は頭を深々と下げました。
「ははっ。予測時間は今までの記録を元に、曜日・時間帯 等の情報から計算された時間を出しております」
「しかし、それだけならば他のゲームでもやっている工夫だ」
確かにHearth StoneやLeague of Legend をはじめ、「マッチングの進捗感を明示的にすることで、体感時間を軽減する」施策はかなり一般的なものと言えるでしょう。ゴールの見えないマラソンを走り切れる人は少ないのです。
他にも、今どういう理由で待っているのかわかるよう「現在のマッチングステータス」を明記するなどの工夫は隅々に巡らせていますが、それらはあくまで「あって当然の機能」ばかり。
我々のマッチングシステムの本領はこれからです。
「……む? まだ30秒しか経っていないのか。もう50秒は経ったように感じたが……」
部屋の奥に座る実装担当者と、目だけで笑みを交わします。
社長の体感時間が間違っていたわけではありません。誤りがあるとすれば、このマッチングシステムでしょう。事実――予測マッチング時間に対する経過秒数が60%を超えたあたりから、徐々に経過秒数の加算が遅くなっているのですから。
『ディレイカウントシステム』。我々の技術と工夫の結晶です。
卑劣だと謗る方もいるかもしれません。ですが最終的に大切なのは、ユーザーに少しでもよい体験をしていただくことです。そのためならば、我々は手段を選びません。
しかし――私は全ての機能が順調に動いているにも関わらず、じっとりと汗で背中が湿る、居心地悪い心地を味わっていました。
何故か?
経過秒数の表示はすでに70秒を超えています。遅延システムの影響を鑑みると、実際の数値は120秒を超えていることでしょう。どうやら、すでにロビーには入ったもののP2Pが繋がらないプレイヤーがまだ1人残っているようでした。タイムアウトで弾くとしても、あと20秒はお待たせしてしまう計算となります。
……実に、残念なことでした。
ネットワークは常に形状の安定しない液体のようなもので、熟練のネットワークエンジニアですらそれを完全に支配することは困難です。
しかし。でも。だとしても。
まさか――「万が一」に備えて莫大な工数をかけて実装した、あの最終システムまで稼働する事態になろうとは!
私の表情から、みなぎる覚悟を察したのでしょう。部屋奥にいる実装担当者が勢いよく腰を上げると、「社長!」と声を張り上げました。
ひっくり返った大音声に社長閣下は不快そうに眉をひそめましたが、やがてゆっくり振り返ります。
「何ぞある」
大岩を思わせるような荘厳なる響き。
「明後日、有給を頂戴したく存じます」
「……好きにするがいい」
再び画面に目を戻した社長は、唐突に「あれっ」と素っ頓狂な声を上げました。
先ほどまで70秒を超えていたはずの経過秒数表示が、50秒へと巻き戻っていたのです。
「さっきまで、もうちょっと時間進んでなかった?」
「いえ」
「そんなことないです」
「お疲れなのでは?」
口々に口裏を合わせるチームの面々。
無論、これこそが革新的マッチングシステム最後の機能。ゲーム機に接続されたKinectがプレイヤーの動きを常に監視し、「画面から目を離した」動作が感知された瞬間、マッチングの経過秒数を一気に巻き戻すシステム――『ハインドバックシステム』です。
ややして最後のプレイヤーのP2Pが無事繋がり、マッチングの完了通知と共にローディング画面へ。
……この先はインゲームへと入った後の安定性テストとなりますが、もはやその場に私は必要ないでしょう。そっと席を立ち、会議室を後にします。
この世のあらゆる場所で、ネットワークの遅延と断絶は人々からその貴重な時間を奪っています。それはただの時間の消費ではありません。本来ならば友と、家族と語らえるはずだった「幸せ」の量であり、あるいは人類がより跳躍するために使われるはずだった「可能性」の冒涜的な浪費なのです。
システムの改良はこれだけでは終わりません。
誰かが有効に活用するはずだったかけがえのない「時間」というリソースが少しでも失われることがある限り、我々は常に高みを目指さねばいけないのですから。
私は自身の席に戻ると、次期計画の提案書の作成を始めました。
題は――『量子テレポート技術の利用による、あらゆるラグの根絶』です。
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この話はフィクションで、実在の会社・実在のマルチプレイゲームなどとは一切全く関係がありません。
ゲームの運営のお話です
こんにちは、イトーです。
私が今開発を担当しているのは、いわゆる「運営型」のゲームです。プラットフォームはモバイルではなくコンソールで、いわゆるWorld of TanksやWarframeに近いものだと想像していただければ概ね間違ってはいません。
「先輩、運営用のデータってもう上がりましたか?」
気安く声をかけてきたのは、運営を担当する後輩の男性社員です。肩まで届きそうな長い髪からは軽薄な印象を受けるかもしれませんが、私は彼の的確な運営能力に信を置いていました。
「ごめん、まだもう少しかかりそう。さっきコンバートでエラー起こしちゃって」
「はあ、18時くらいまでにはお願いしますね」
その後はコーヒーを飲みながら、彼が「KPIをより向上させるためには」というテーマで一席ぶるのに耳を傾けます。経済学部卒なだけはあって後輩は数字に強く、事実今まで彼が打ち立ててきた運営方針は全て的確なものばかりでした。ところでKPIって何でしたっけ。KIA(参考)なら知ってるんですけど。
「すみません、そろそろ来月のイベントスケジュールを考えないと」
そう言うと、後輩はそそくさとその場を離れていきました。
彼の後を追ったのに、何となく好奇心が沸いたという以上の理由はありませんでした。精神集中でもしているのか、彼は次期計画を立てるときには決まって誰の目も届かない場所へ向かう習慣がありました。
足音を殺してついていくと、やがて後輩は廊下の奥にある一室へ入りました。表札には「サーバールーム」という字が書かれています。
……こんなところで一体何を? ざらついた不安に胸の奥を撫でられ、私はほとんど何も考えずに扉に手をかけました。
重い扉を開いた先から目に飛び込んできた光景に、私は言葉を失いました。
そこには宇宙のような空間が広がっていました。
いいえ、違います。私はすぐに認識を改めました。広大な暗黒空間に見えていたのはブラックライトに照らされた薄暗くも広い室内で、星々の輝きのようだったのは部屋に所狭しと押し込められたいくつもサーバーマシンの光点です。
その大部屋の中央、誰からも決して見逃されないであろう質量と存在感を持って、「それ」は私を見下ろしていました。
惑星と見まがうような機械の球体。横に幾筋も引かれたモールドを境に、機体は左へ、右へ、互い違いに回転し続けています。その謎の巨大機械を中心に、腹腔を響かせる重い駆動音が部屋に充満していました。
その重音を切り開くように、リノリウムの床を叩く甲高い足音が部屋の奥から近づいてきました。
薄闇も手伝って最初はぼんやりとした輪郭程度しか見えなかったそれが、やがて一つの見慣れた人の姿を形作ります。肩に触る長い茶髪、親しみの沸く柔和な笑顔。後輩です。
彼は大きく手を広げると、いつもと全く変わらない口調で言いました。
「先輩、気付いてしまったようですね。これこそが我々の運営型ゲームを隆盛たらしめてきた中核、マザーコンピュータであると」
あ、パソコンだったんですかこれ。アームズフォートを連想してましたが、どちらかというとGlaDOSとかの類なんでしょうか。
「マザーコンピュータ? ……まさか、いつも次期計画を考える時、どこかへ姿を消していたのは」
後輩は笑みをより大きく、凶悪に深めることで答えます。
「ええ、最高ですよこいつは! マザーコンピュータは全てを教えてくる。利益を最大化する施策を。より射幸心を煽る術を!」
そうして彼は揚々と語り始めました(聞いてもいないのに)。黎明期から今までの運営型ゲームの全ては、各社が擁するマザーコンピュータ―による運営であり、ヒトを超越するより高度な知性へと発展した彼らの代理戦争でもあったと。彼らは会社に利益をもたらす代わりに、どのマシンが〈最も進化した叡智〉たりうるか争い続けるためのフィールドを求めたと。
「ということは、まさか、かのコンプガチャも……」
「その通り。あの頃は法規制に対するシミュレーションが万全じゃなかったようで、いくつかの人工知能が競争に負け、プログラム凍結処分となったそうですがね」
「……マザーコンピュータの間でもルールはあるのか」
「当然ですよ。一般に自らの正体が露見してはならない。運営型ゲームの立場を脅かしてはならない。利益を先取りし、後の業界を衰退させるような運営を行ってはならない」
ガチャリと、背後で鍵がかかる硬質な音。閉じ込められたと気付くのと同時に、全てのサーバーマシンが赤いエラーランプを点けて周囲を血のような色で塗り替えます。低く唸るアラート音が焦燥感に拍車をかけました。
「そしてもちろん、このことを知ったあなたを帰すことはできない」
咄嗟に私は後ろ手に隠していたスマートフォンを操作します。タッチパネルの左上隅をタップし、「データの送信」を実行。
効果は覿面に現れました。
横回転を続けていたマザーコンピューターの動きが止まり、それに合わせて周囲のサーバーマシンのアラート音が鳴りやみます。さながら女王の変調を慮る兵隊たちのように。
小爆発。一瞬炎が部屋を明るく染め上げ、マザーコンピュータから弾かれたと思しき拳程度の機械部品がサーバーマシンの一つにめり込み、破壊しました。
「何だ!? 何が起きた!?」
「わからないか……? お前に頼まれていた運営用データを今送ったんだよ。ただし、パラメータにうっかり全角数字が入ったままのデータをな!」
大抵の場合はそれだけでクラッシュするようなことはありませんが、プログラマさんのうっかりで致命エラーに引っかかってしまうことがたまにあります。
「イトーさん、何でそんな初歩的なミスを!」
ごめん。
そうしている間にもマザーコンピュータは鋼が軋む異音をますます大きくし、次第に今までとは逆にボディを回転し始めます。瞬く間に速度を増していくその球体は、関節を曲がってはいけない方向に歪めていくような危うさがありました。
どこかから取り出したキーボードを必死に叩き、異常を止めようとする後輩の姿は哀れを催すものがありました。しかし私は決して手を差し伸べることなく、くるりと踵を返して出口へと向かいました。
KPIなどを基準とした売上向上施策というものを、私は決して否定することはありません。むしろ洗練された理論はそれを操る者の時間を節約し、より高いサービスを人々に提供することを可能とするでしょう。
しかしそれだけに囚われ、機械にのみ縋り、自らの魂でユーザーの皆様を楽しませたいという気持ちすらなくなってしまえば。
数字こそ伸びたとしても、きっと真にユーザーに喜んでもらえることはなくなってしまうのではないでしょうか。そしてドラッグのような即時的な刺激だけではない、長期間にわたる健やかな体験こそが、業界をより賑わせてくれるものだと私は信じているのです。
サーバールームの分厚い扉を後ろ手に閉めます。その直後、背後の扉の向こうから、フロア全体を揺るがすほどの爆発音が伝わってきました。
私はオフィスへと戻ります。決して振り返ることなく、来た道を違えぬように。
全角数字を半角に修正し、真っ当に楽しめるように直したデータをユーザーの元へ送り届けなければいけないのです。
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といういきさつもあり、弊社では人の手によって温もりある運営をおこなっております。(うそ)